【介護離職】遠距離介護を始めた理由は・・

2023年1月で仕事を辞めて、静岡の実家と大阪の自宅を行き来して遠距離介護を始めました。
1年悩んでやっと実現しました。今しかないタイミングと思ったからです。

きっかけは父の脳梗塞

2022年1月9日父が脳梗塞で緊急入院しました。
我慢強い父が気持ち悪さに耐えられず、電話で近くに住む叔父に救急病院に連れて行ってほしいとお願いしたそうです。

『お父さんは命に別状はないけど帰って来られる?』と叔母から電話があったのが夜7時。
突然の電話ですぐに号泣してしまい、それを見た娘が泣かないでと号泣してプチパニック状態に。
主人の『とにかく支度して新幹線に乗ろう!』と言う言葉に我に返り、荷物をまとめて新大阪から新幹線に飛び乗り終電で帰省しました。

夜中12時過ぎた実家には認知症初期の78歳の母と統合失調症の54歳の妹が不安そうに待っていました。
とりあえず『大丈夫だからご飯食べよう!』と叔母たちが届けてくれていた物を食べたのですが、ご飯も食べずに待つ2人を見て、私が守るしかないと改めて思った瞬間でした。

思い悩む日が始まる

幸い父は後遺症もなく約半月で退院し、日常がもどりました。
私も大阪にもどったのですが、いつ退職して遠距離介護を始めようか一人で悩む日が始まったわけです。

フルタイムでの契約社員でしたが、やっぱりやめるのには勇気がいります。
収入なくなるわけですし、会社にも求人などでお手数おかけしてしまいますし。
でも父の負担が大きくて倒れたわけで、母と妹の世話を任せきりにするわけにはいかない・・・・

私は相当なポンコツですが主人は健康で家事はなんでもできるし、娘は大学1回生でオバカキャラですが特に心配いりません。
やはり実家のポンコツ3人を助けるしかないですよ、ここは。

でもだんだん考えるうちに、あれ?なんか私『介護』をいい口実にしてる?
本当は仕事辞めたいのでは?両親と温泉とか行って楽しみたいだけ?と、だんだん自分の本心がわかってきたんです。

まだ助ければ自宅生活を両親ができるうちに、仕事するより両親との時間を過ごしたい。
温泉に連れて行きたい。(だって自営業していて、泊りの旅行さえほとんど行ったことないんです)
今を楽しく一緒にすごしたい。

もともと仕事好きじゃないんですよね。ストレスを抱えながらやってました。

離職後の収入はどうするか

父が脳梗塞になる少し前から家族信託も作り始めていて財産も聞いていたので、私に入ってくる遺産なども計算して、私が働いて得る収入と天秤にかけました。
軍配は遺産の方。

資産運用をあれこれ考えるのが好きでFP2級も取得したぐらいなのですが、相続時精算課税制度を使って遺産を生前にもらって、それで資産運用していこうと考えました。

生前贈与は、贈与税の節税対策としてできます。
どちらかの選択にはなりますが贈与税の非課税枠や2500万円の非課税枠がある相続時精算課税制度を活用すると、贈与税がかからずにすみます。
今月中にの記事で紹介します。

相続税の節税効果は薄いですが、早く頂く事で運用がプラスになるとメリットありますよね。
そんなことが後押ししてくれて、『今しかない』と退職を決めました。

遠距離介護がスタート

遠距離介護を始めてまだ8ヶ月ですが、念願の温泉には1泊2日ですが4回行きました。
近場ですが、伊豆長岡2回・土肥・湯河原と、どこも温泉が気持ちよかった~
家族で旅行ってこんなに楽しいんだと改めて思いました。

自宅にいる時は実家の心配をしないようになりました。
その代わり家族になるべくやさしくいるように心がけるようになりました。(むやみに怒らないと決めただけですが)
心なしか、主人が前よりやさしい気がします。
ささいな喧嘩が少なくなりました。

介護について後悔しないように生きたいと改めて思いました。
多分これから母の認知症が進めばたいへんになるとは思うのですが、覚悟はできました。
もちろん施設入居も視野に入れます。
そこも覚悟できました。

実家にいると喧嘩も多いんですけどね。
私を入れてポンコツ4人ですから。
でも笑うことが多いです。
今日をなるべく楽しく生きようと思って、積み重ねていけるからかな。
これからたくさん泣くかもしれませんが、なるべく笑っていたいですね。

ブログに書く理由

そんな介護生活の中のカオスな出来事、気づき、いなし方のコツなどを忘れないように備忘録として残します。
読んでもらった方に、クスっと笑ってもらえたらいいなと思っています。
なんでだろう、書かないともったいないような気がしてます。
両親との日々を残したいのかもしれませんね。

明日もいい日でありますように!

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